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help リーダーに追加 RSS 大河もいよいよ大詰め

<<   作成日時 : 2008/12/04 00:21   >>

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あっというまに師走。まだカレンダーは11月のままです(汗)
息子が期末試験で、PCを独占してました。
   赤点とるなよ〜 卒業してくれ〜 (母絶叫)

そして、今日から敷布団は電気敷き毛布にします。
夏向きの我家。換気の穴が大きくて寒いったらないのです。
さて、出来事は忘れないうちに書き留めておくことに。

 ☆「怒涛の幕末維新」                                   画像
ー攘夷・開国から民撰議院設立建白書提出へー特別展
吉田松陰書・討幕の蜜勅・外国使節団が持ち帰った土産などなど。
よくぞ集めたものだと、多彩で見ごたえがありました。

大河ドラマ「篤姫」は高視聴率で、いよいよ江戸城明け渡しのクライマックスへ。
天璋院・西郷・海舟・のお三方だけで仕切っているような描き方で、
「おいおい」なのですよ。
でも、長州藩や佐幕派やらあちこち登場すると、混乱するので
わかりやすい点で成功していると思います。
実際には多くの人材が動き、命を落としているんですね。
「無血開城」の言い方は嫌いです。
平和裏に決着、という安直な響きに聞こえて、私は不快なんです。
江戸が救われた?・・・上野の山だって犠牲者はたくさん。
いつか会津などの朝敵が被った維新後の辛酸を
大河ドラマでじっくりと描いてもらいたいものです。

と、横道にそれましたが、展示物は文書より品が印象的でした。
和宮の懐剣。
かぶと虫、トンボ、セミが彫り込まれています。
縁起ものなのでしょうが、みんな虫なので面白いし、可愛い。
居合道の先生は、古流で懐剣の演武を見たそうです。
袋から出して技をやって、また身に付けるところまでやったそうです。
見てみたいなぁ。

縁起ものといえば、西郷どんが明治天皇から下賜された勝栗昆布。
小さな箱に入っていて、よく残っていたもんです。
畏れ多くて大事にしていたのでしょう。
心置きなく賊軍を討つ、とさぞや奮い立ったことでしょう。

珍しかったのは、牛乳を配達販売したブリキ缶。こんな物↓
http://www.isop.ne.jp/atrui/ushi/03_back/200310/p04.html
牛乳を広めた奥医師・松本良順から勧められて、
先生の患者だった家茂公、天璋院、沖田さんは飲んだかなぁ。
天璋院は間違いなく飲んでるねv。

後は、榎本武揚の軍服や、 画像
永倉新八の「浪士文久報国記事」などが嬉しかったです。

豊富な展示物ながら、無料というのが驚きです。
会場は永田町の衆院議院憲政記念館というお堅い場所。
もっと宣伝してもよかったのでは。
空いていたので、もったいない気がしました。

永田町、国会関連のお土産店→
「次から次と新しいお饅頭が出て・・・」と店員さんも嘆いていましたぞ〜。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。
そうですか、こんな展示会があったのですか。見てみたかった。

そうそう、ドラマが評判呼ぶと、そのドラマだけが「歴史的事実」みたいになるから、あんまり良くないよね?
明治維新を「無血革命」と呼ぶけれど、戊辰戦争は日本中でたくさんの人が亡くなっているし。

特に「長岡藩 河井継之助」とか「会津藩 白虎隊の自決」なんかは、時代の流れの中の悲劇と思っています。
ドラマだから仕方ないけれど、あんまり「奇麗ごと」で済まされると、ちょっと興ざめしちゃいますね。
nobulog
2008/12/05 11:32
nobulogさん>
ほんとに幕末期は犠牲者が多かったですね。
事件と活躍した人物の多さに、大変な時代だったとつくづく思います。史料や写真から感じる艱難に直面した人々の気骨には打たれるものがあります。現代の我々はどこへ置き忘れちゃったのかなあ。

「篤姫」での天璋院は、実際はあそこまで政治を動かしたかどうか。時々あり得ない〜と思いながら。一方でうつけの家定像は面白かった。そうきたかと(笑)
薩摩藩のダーティなテロ行為はもっと見せて欲しかったなぁ。

幕末の人物はそれぞれがドラマチックですね。いつか会津藩主の容保の生涯を見たいです。維新で終わらせずに、その後の人生も。たのみます、NHK。
楽美
2008/12/05 22:01
こんばんは。
無事に行かれたご様子で安心しました。
狭い場所ながら、展示はかなり充実していましたよね。
篤姫ブームなんですから、もっと宣伝すればよかったのにと思ってしまいます。
で、その篤姫なんですが、私の仕事場がある旧赤坂福吉町の旧相良邸に明治5年から5年間住んで居たのだそうです。
世間は広いようで狭いな〜と、歴史の壁を越えて江戸時代に思いをはせております。
ねこ江戸
2008/12/06 00:28
ねこ江戸さん>
書いて下さった順路で迷わずに行けたので、助かりました。ありがとう〜。
海外使節団の史料もあり、展示品は多方面にわたっていたように思います。
1階は議会場が再現されていたので、重厚な造りの議長席にも座ってみました。小学生の生徒達が見学に来てました。幕末にも興味を持ってくれるといいんですが。
帰りに国会図書館に寄って、明治期の近藤さんの小説など読んできました。

へぇ〜、千駄ヶ谷の前は赤坂にいたんですか。
お江戸広しといえど、縁がありますね。
早速地図で拝見したら、相良邸は勝さんの氷川邸から徒歩で10分もかかりません。
頼りになる勝さんが近くにいて天璋院も心強かったろうなぁ。
楽美
2008/12/07 03:40

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