小平の恵比寿講

季節は廻って、小金井公園のロウバイが咲き出しました。
いい香りです。
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「小平ふるさと村」の古民家では、
恵比寿講の飾りが復元されていました。
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えびす様は七福神の一つ。右手に竿を持ち、左手に鯛を持つ姿はおなじみ。
海上、漁業、商業の守護神ともいわれ、
多摩の農家では豊作を願って、えびす様を祭る行事を恵比寿講、
小平の地域では「エベスコ」と言います。
だいたい1月20日がお祭りの日で、神棚に置いてある「恵比寿様、大黒様」の
像をおろして、小豆入りのご飯、サバや鯛などの尾頭付きの魚、
けんちん汁、お神酒を台上に飾りました。
多摩のような内陸部での海の魚はたいへん贅沢な供えものです。
その他、升の中に財布やお金を入れて、招福を願ったということです。

夜は親しい人たちが集まって賑やかに飲食。
けんちん汁は前の晩からグツグツ煮ておいて
「エベスコ」の寒い夜更けに食べるとおいしく、
体が大変温まったということです。
みんながゆっくりくつろいで話に興じていたので、
忙しい時期に無駄話などしていると
「話はエベスコにしろ」と言われたりしたそうです。
お楽しみの行事でもあったのでしょう。

多摩地域の記録をひも解くと、
かつての農家は年明けから行事がめじろ押しでした。
一年の豊作と息災への願いは、
神仏や地域の民間信仰と結ばれて、行事へと繋がりました。
良いと思われる信心はどんどん生活に取り込んでいました。
稲荷、荒神、七福神などなど、日本の神仏はなんて多いのでしょう。

私の家は農家ではないし細かな行事はしないほうでした。
恵方参りもしません。そうでありながら
祖母は仏壇前で般若心経と観音経を唱えるのが日課でした。
熱心な仏教徒のように見えながら、私を連れてキリスト教会へ通うなど、
ごった煮の信心の持ち主でした。私も似たようなところがあります。
こんな話を息子たちにしたら、へぇ~面白いね、と興味津々でした。
コロナ禍でアマビエがいいとなると、なんとなくご利益を受けたくなります。
そんなの関係ない、というお方もおられますが、
人間はいざとなると深いところから合掌のこころが立ちあがるようにできている
んじゃないかと私は思っています。

昔のおもちゃも展示されていました。
カルタ、ベーゴマはお馴染みのあそびグッズです。
以前はお正月が近づくと、お店には羽子板、福笑い、すごろくなどが並んだものですが、
時代の変遷で見当たらなくなりましたね。
孫の世代にも伝えたくなる、私もそういう年齢になったんだなぁとつくづく思います。
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この記事へのコメント

ローズ
2021年01月17日 09:57
こんにちは、

なんかホッとする写真ですね。
エベスコさんですか、面白い。
恵比寿さま、大黒様は確かに祖父母の家にもあった様な記憶があります。
七福神さまでは弁天さまが一番好きでしたけど。ww

母方の祖母も信心深い人でして近くのお寺さんとかには通ってた様です(新興宗教ではありません、普通の村のお寺さん)
万物みな神、八百万の神、
キリストさんも仏さんも同じ。
そんな感じ、私もあります。
お天道様も海の神様も大地の神様もいらっしゃる。そんな宗教観があります。
それを悟ったのは子どもの頃です。
スゲー!
なんでかって言うと幼稚園がキリスト教の教会にあったんですね、そこでキリスト様の事を毎日聞かされて育ちました。

寝る前にはお祈りではなくて1日の反省をしてから寝るのか日課で、そのうち、神様って??宗教って??考える様になり、長く考えた結果、万物皆神、宗教は自分の心にあるもの、となったのですね、それが1番しっくりときました。
実家の菩提寺の御住職も似た考えの方でして、キリスト教も仏教も教えには共通する事が多いんだと申されてました。

日本のお正月にはそれぞれの神様にお餅を供えます。
実家では母は指折り数えてお餅を毎朝用意してました。
お台所にもお便所にも神様、家にも神様、
あちこちにお餅を供えるのは子どもたちの役目でしたね。
今は我が家ではお飾りは1箇所だし、お餅も1箇所だけですけどね。

双六、カルタ、福笑い、コマ、凧、
懐かしいですね、
日本って良いですね。

長くなりました。
今年はアマビエさまは大忙し、信じて予防しましょうね。

楽美さんと実際にお会いしたならお話が尽きない気がします。笑笑
楽美
2021年01月18日 09:39
ローズさん>
ローズさんもキリスト教の影響を受けたのですね。
子供の頃、盛んだったような記憶があります。今でも聖書の一節を覚えていますよ。と同時に祖母が唱えていた般若心経の「ぎゃーてーぎゃーてー…」も。毎日聞かされていましたからね。こちらは今でも意味は理解できないけど。
周囲が禁止しない限り、子供は矛盾しないで受け入れるのでしょうね。

本来お仏壇は仏陀への信仰を示すものだそうですが、
うちではご先祖様を祀っていました。先祖=仏の感覚。
安息のお願いと日々の感謝が主だったかな。
頂き物は真っ先にお仏壇にあげて報告するのが
習慣でした。いつの間にか染みついたようで、今私がそれを受け継いでいる気がします。
だけどどうしてそうするのかという疑問もあり、
仏教を学んでいるのですが、教義はたいへん難しいです((+_+)) 

我が家は義父母の位牌を並べています。
何かあるたびに話しかけていますよ。
一番身近に感じるホトケ様ですから。手を合わすたび心が落ち着く気がします。神社仏閣に参って落ち着けばそれはそれでいいんじゃないかと思います。

見えない自然の事象を恐れ、敬い、感謝する。昔の暮らしの中にたくさん根付いていました。
今こどもたちに、孫たちにどのように伝わるんだろう、どこまで伝えたらいいんだろうって思います。私が祖母を見て思ったように私の背中を見て感じてくれればと思うし、折に触れて神仏がどういうものかを話したほうがいいんじゃないかと思い始めています。

ローズさんとは同じ世代を生きてきたから、共通する話題がいっぱいありますね。いつかお目にかかったらたくさんおしゃべりしたいですね!